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講師紹介

経歴

清水第七中学校出身
   数学の応用問題を、数学の先生より早く解き驚かせた。
   理科の時間、先生が一見ランダムに見える数字を板書し「この数字にはある法則が有る。それ                          を見つけなさい。」と言う問題にクラスで一人、私だけが解け「天才」と呼ばれた。
清水第七中学校をトップで卒業。滑り止めで受けた、東海第一高校、受験者数800名で一位を取る。

清水東高校
   入学試験、トップ10内で合格。高校時代は、全く勉強をせず静岡大学教育学部 美術科をトップで入学。在校中親友と共に作曲をし、お互いに聞きあい、作曲を学ぶ。親友は早稲田大学に受かっていたが、辞退し音楽の道に進み、最終的に、ザ・スターリンのドラマーに招かれ活動を共にする。またグレイ・ラルカンシェル等を世に排出した岡野一のメンバーの一人として活躍していた。現在は静岡にて音楽活動をし、ご当地アイドルのブロディユース等をしている。また私にロック音楽を指導ししていだき、共に活動中。今後の展開を見ていて欲しい。

静岡大学教育学部美術科
   入学したものの、他の生徒達のレベルの低さに愕然。母子家庭のため美大には行けななかった。東京銀座・神田に多くある現代美術ギャラリー50以上を二週に一回見に行き独学で、現代美術を学ぶ。在学中より、良い作家が静大にいると、評価される。卒業初めてのプロによるグループ展に出品。勿論最年少。現代美術画廊&喫茶のダダりにの店長に気に入られ、私の作品だけが受けた。現在も展示中。大学の心理学の授業において、知能指数を計った。他の生徒は130から140程度だったが、私は178だった。教授によると180以上は天才であると言っていた。
卒業制作では、教授に鈴木君に教える事は無いので自由やれと言われ、他の生徒生徒の課題が100号一枚(畳一畳程度)のところ、私は150号(畳三畳程度)を四枚以上と言われ制作。静岡大学りパンフレットに私の作品が使われた。東京芸術大学大学院を受けたが芸大生の作品がたいしたものでは無かったため、最後の試験、面接で、最も言ってはいけない「卒業したら学校の先生になる」とわざと言い、進学を拒否した。芸術自体だれから教わるものではない。

清水市立第二中学校 美術 教諭
    案の定見てはいけない物を見てしまった。生徒に体育座りをさせ、足の間に、頭をうずめさせ、ダマさせる。集会か終わった後「直角に曲がれ。下に敷いてあるシートをめくるな。」と叫ぶ教諭達、職員会議のレベルの低さ等、時代錯誤も甚だしい光景を見て、職務についた初日に辞める事を決心した。サッサと止めたかったが、自分の履歴に傷がつくため、一年間我慢して続けた。最後の挨拶で全校生徒に対し「年寄とは早めに手を切った方が良い」という美術の常識を言い、去った。

静岡県立横須賀高校
    倍率50倍のところをストレートで合格。横須賀高校は入試にて自分の名前を書ければ合格する高等学校。職員のレベルも桁違いに高い。職員会議では、あまりに難解で、理解するの精一杯だった。考えて見れば当たり前である。東大・京大にも対応できる先生方だからだ。私は教員になることを拒否した。ただの絵の上手なおじさんに徹した。また。普通に担任をすると生徒が辞めず奇跡たと評価される。いや評価するようなものでは無い。私が普通だ。子供たちに接する時の基礎、生徒の目線に立つ事だけをしていたに過ぎない。また美術部も同様で普通に指導していたら、県で一番の美術部にになっていた。「横須賀イズム」と言う造語が出来、近隣中学高等学校に高く評価された。こちらの学校で学んだ事は「高校生になると、完全に輪切りにされており、生徒達は完全にあきらめる。」と言うことだ。私はそうではないと叫び続けたが、社会はそれを認めま
なかった。アホの横須賀。美術部から美大へ合格する生徒もどんどん増え、最高で大阪芸術大学へ入った生徒もいる。また才能のある生徒を見つけると、作家にさせた。スパーリアリズムの名波一巳、色の魔術師井村有博。彼らは他の作家と同様に現在もは活躍している。

星光塾
    横須賀での体験から中学の勉強がその子の一生を左右することが痛いほど分かり、学習塾をスタート。多くの塾に就職したが、訳の分からない事ばかり言う、的外れにことを(塾は営業職だ? 塾は話題性だ? 勉強は生徒と遊びながらやるものた? 勉強は一人でやった方が伸びる?等)塾が多数と言う事実を知り、自分でやった方が早いと判断。星光塾をスタート。生徒より「ワンランク、ツウランク上がる塾てだら~」と言われ、そう言われてみれば確かにその通りだと理解し、この言葉を使うようになる。子供が変わった、親が言わなくても自分で勉強するようになりました、等の言葉を保護者から良く頂く。理由は簡単。出来ないものが出来るようになる。これは子供達が楽しくなる理由だ。ややこしいことはしていない。ただ暗記すべき事は暗記する。この一言に過ぎる。数学の難しい公式も覚えてしまえば後は、足し算、引き算、掛け算、割り算。小学校の問題と同じになる。他教科も同様。シンプルな教育法です。おかげさまで20年。まだまだ初心者。いやずっと初心者であろう。一人として同じ生徒がいないから。また、ゆっくりだが時代は進んでいく。詰め込み、ゆとり等。現在ではやっと個性にスポットがあてられている。詰め込まれた私としてはうらやましく、また「良かった」と本気で思っている。

経歴

鈴木 茂明

静岡県立清水東高等学校卒業
国立静岡大学教育学部中学校美術科卒業
公立中学校教師
公立高校教師
私立高校・中学校の講師
塾講師
家庭教師

など様々経験を経て、鈴木家庭学習塾開校に至りました。
塾内にギャラリーSUNを併設。自身も作家として活躍中。
美術が専門なので美術の指導もできます。

鈴木 茂明